~ミニ四駆コミュニティを世界へ~~都心から始めよう。

2018年6月3日

 

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全国にミニ四駆SHOPは多くあり、みなさんそれぞれ頑張っている。コジマ電気さんなんか社をあげて取り組んでいる。だからこそ、なおさら思う。

東京都心に専門店舗少なくねぇ?

創業準備をしていて、くやしいことが一つある。ミニ四駆専門店(サーキット場)を開きたいというと、必ずといってよいほど、”ニッチなところに目をつけたねぇ。”とか”マイナーで専門的なところで攻めるねぇ。”とか言われるのだ。みなさん、悪気があっていっているわけではなく、むしろいいところに目をつけたと褒めていただける。それに、ほとんどの男性(女性はあしからず)はミニ四駆の存在を知っている。それほど、ミニ四駆マインドは日本の男性(少なからず女性にも)に根付いているのに、まだ”ニッチ”で”マイナー”なのだ。なぜだろう?都心部でも頑張っているお店はある。あえて店舗名をあげさせていただくが、池袋のDRIBARさん、神田のサーキットカフェM428さん、田無のY’sミニ四ガレージさん。もちろん、新橋のタミヤプラモデルファクトリーさん。などなど。みなさん、必死に毎日頑張っている。ただ、現状の世間の認識ではまだ”ニッチ”で”マイナー”なのだ。私はこれが悔しくてたまらない。㈱タミヤさんが英知の限りを尽くして作り上げたミニ四駆の誕生から、もう35年以上の月日がたつ。四半世紀以上も愛されていて、日本一の車のプラモデルである。これはもう、日本の文化である。それがまだ”ニッチ”で”マイナー”でいいわけがない。私の人生の役目はこの文化を”世界レベルのメジャー”にすることだと自負している。現在でもマレーシア・アメリカの一部など海外にミニ四駆は普及しているが、まだそれも”ニッチ””マイナー”の域を超えてはいないように感じる。ガンダム、ポケモン、ドラゴンボール、日本から世界に羽ばたいた文化はたくさんある。私は高校を卒業後にカナダに留学していたが、HMVにいくと普通にそれらのDVDが売られていた。Toys“R”Usに行くと普通に玩具が売っていた。ミニ四駆はそれらと同等、いやそれ以上であるべきだと私は考える。ただ、世界に羽ばたいた文化と一つ違うところは、ミニ四駆には”遊ぶ場所”が必要であることだ。ここまで読んでくれた方ならわかるであろうと話を進める。

第一次ミニ四駆ブーム、第二次ミニ四駆ブーム、そして現在の第三次ミニ四駆ブーム。第一次、二次と現在を比べてみよう。何が違うだろう?第一次、二次の立役者はこども。第三次は大人が立役者。どうして?私はこう考える。都心部では町のおもちゃやさんと呼ばれる存在が極端に減っているからだ。現在では、家電量販店に吸収されてしまっている。それが悪いことだとは思わない。ただ、都心部の家電量販店では、敷地面積が狭くコースを常設したくてもできないのが現状である。もちろん、私のホームコースであるコジマ電気江北駅前店さんのように、頑張って大きなコースを常設している店舗もある。ただ、私は大人である。自宅から目的地まで車や電車で好きな時にいつでも行ける。都心のこどもには少し酷である。少し昔に目を向けてみよう。私は中野区のはずれに住んでおり、最寄り駅は笹塚。渋谷区だ。第一次ブーム時に小学生だった。少ないお小遣いを手に毎日のようにミニ四駆をもってコースが常設されている商店街のおもちゃ屋さんに気軽に通っていた。おもちゃ屋さんでは今でいう草レースや月例レースなどが開催されていて、こどもであふれていた。そのお店も今はない。だが、いつでもブームの先端には子供がいる。今、子供たちの主役はTVゲーム、YouTubeなどである。現状、ミニ四駆は残念ながら二の次であると言わざるを得ない。しかし、はたして本当にそうなのだろうか?子供の興味は30年前と現在でそんなに変わっているのだろうか?私はそうは思わない。子供の遊びは時代をこえるものだと私は思う。例を挙げよう。㈱タカラトミーさんのベイブレード。元はベーゴマである。それを現在風にモディファイして作り上げた商品が現在の子供に大人気である。場所もそんなにとらずにお手軽に遊べて対戦式というのも魅力である。ベーゴマの第一次ブームといえば、私の父親、はたまた祖父の時代である。見事に時代をこえている。ただ私は思う。現在に戻ろう。ベイブレード対ミニ四駆。知名度、拡張性、歴史、どれをとっても圧倒的にミニ四駆の方が勝っている。現状は。このまま30年後を想像してみよう。ベイブレード対ミニ四駆。当時、子供だった人が大人になり、第何次かのベイブレードブームが来たとき、ミニ四駆と同じようにベイブレード専門店ができるかもしれない。そうなったとき、場所をとらない、知名度もあがっている。商品ラインナップも揃っている。お手頃な価格。お店も増えるだろう。一方、ミニ四駆は現状の成長性のままだったら、到底太刀打ちできない相手になってしまうであろう。そこで私のソリューションは商店街に子供も大人も気軽お手軽に集まれるミニ四駆コミュニティを作るというプロジェクトだ。つまり第一次ブームと現在のブームの大きな違いはミニ四駆の”お手軽さ”であると考える。そして、その環境さえ整えばミニ四駆は一時のブームではなく恒久的な日本の文化として成長すると考えている。これこそが私の描くヴィジョンであり、日本の誇るミニ四駆という文化を世界に発信するスタートだ。ミニ四駆の楽しさは、もちろん作る楽しみやコンデレ、飾る楽しみといったプラモデル要素もあるが、やはり子供心、男心をくすぐるのは、作ったら走らせてみたい。走らせたらマシンを速くしたい。走らせる場所、速くする情報を得る場所が必要なのだ。つまり、ミニ四駆は単にプラモデルではなく、プラモデル+場所でミニ四駆なのだ。

話を商店街に向けてみよう。現在、都心だけではなく全国の商店街が過疎化に悩んでいる。商業の一点集中型。ショッピングモールの台頭だ。利便性を考えると悪いことではない。ただ、私は嫌いである。人が集まりすぎて、人のドラマが生まれにくいのだ。つまり、ブームが生まれにくい。それに、地域密着性が薄くなってしまう。現在の日本は東京一極化、今後、東京オリンピックも控えており、人の流れも多くなり、イコール東京の収益は増すことが子供でも分かるだろう。全国的に見れば、東京がうらやましいだろうと思う。しかし、ここからも私の個人的意見・見解だが、恐らく小池都知事は困ってはいないだろうか?少なくとも私が第一店舗目を置こうとしている、渋谷区の長谷部健渋谷区長は困っているはずだと感じる。何で?東京オリンピックから、その後の東京極大化を目視ての商業地域のキャパシティである。現在、渋谷区のメイン商業エリアである渋谷駅周辺は大々的な再開発中である。しかし残念ながら東京オリンピックには間に合わない。では、渋谷区はどこで収益をカバーすればよいのか?写真を見ていただきたい。

笹塚・幡谷・初台、頭をとってササハタハツである。渋谷区にしては、マイナーエリアである。今、渋谷区は駅周辺の大々的再開発とともにマイナーエリアの商店街復興に力を入れているのである都内屈指の商業エリア渋谷区でも、商業地域キャパシティに限界を感じ、商店街の力が必要になるのである。他の区・市が苦戦しているのは目に見えて明白であると感じる。つまり、現在、空き店舗・テナントが多い都内どの商店街も復興の兆しが見えてくるということだ。これはチャンスである。このチャンスに乗じて、各商店街にミニ四駆コミュニティを作り上げることができれば、地域活性化の貢献・ミニ四駆の普及拡大、どちらも手に入れることができる千載一遇の一石二鳥なのだ。私の目標は、先ずこのササハタハツの思想を取り入れながら一店舗目を成功させることだ。そして、都内の商店街へのチェーン化、全国展開、世界進出。先は果てしなく長い楽しみができる。

ここまで、長々と書いたが、㈱タミヤさんや同業社はこう思うはずだ、文章に書くだけなら誰にでもできる。私たちは常にこのことを考えている。簡単に言うな。どれだけの資金が必要になると思っているんだ。と。私は㈱タミヤさんや同業者にケンカを売っているわけではない。しかし、媚を売るつもりもない。真剣に日本の素晴らしい文化を広めたい。ただそれだけである。正直、現在の私にはこのヴィジョンを成功させるだけの資金もなければ実績も信用もない。店を一つ開くだけでもヒーヒーだ。しかし、必ずこのヴィジョンを実現させたい。いや、実現させなければならないとなぜか感じている。それは、私がミニ四駆を愛していて、助けられたからに他ならない。

私は現在、37歳。定職にはついていない。町の電気屋さんでアルバイトをしながら創業準備に勤しんでいる。私の経歴はろくなもんではない。日本工業大学附属東京工業高等学校(現:日本工業大学駒場高等学校)を卒業したのち、カナダ国アルバータ州立レスブリッジコミュニティカレッジに見聞を広げるために留学見聞を広げるためと書いたが、ようは自分のやりたいことがなかったのだ。そのまま、過ごしていたため卒業できるはずもなく中退。日本に帰国後は、しばらくアルバイトをしていた㈱ファーストキッチンの契約社員になり、一生できる仕事ではないと感じ退職。若く未熟な考えだ。その後、友人の誘いもあり㈱JTBサポートインターナショナル(現:㈱J&Jヒューマンソリューションズ)にてJTB専属の添乗員を1年経験後退社。まだやりたいことも見つからないままだった。その後、インターネット関連の派遣社員・アルバイトを経験し、H21年にその経験を活かし㈱トータル通信に正社員として入社。私が29歳の時に子供を授かったのがわかり結婚。今でも20代後半でまともな職についてなかった私を拾っていただいた渡辺社長・久野部長(当時)には、頭が上がらないほど感謝している。それと同時に罪悪感でいっぱいである。なぜなら、入社3年後に、結婚式の挨拶までしていただいた社長のもとを離れ、父親の紹介もあり、自身のキャリアアップにつながると考えた私はミューハウスエンジニアリング㈱に転職したからだ。今になって後悔していないといえば嘘になるタイミングであった。その後、全く別の業種で経験したことのない、家庭用電設資材の卸売りの営業という重圧に耐えきれずに、うつ病を患う。現在は、日常生活・仕事には支障をきたさないが薬は服用中である。うつ病を患った後でも、会社は私を守ってくれた。営業職ではなく、本社管理部という席を私に与えていただき、働き続けさせていただいたが、働いては再発を繰り返していたため、会社の休日限度日数を超えるほどまで居座ってしまった。最終的には会社都合での退職。私が自分で招いた結果だった。その後、友人の誘いもありベビー用品メーカーの倉庫でアルバイトをするも、うつ病が再発し迷惑をかけただけで、現在に至る。現在の町の電気屋さんのアルバイトは不定期で無理をせず働いている。ここまで書いて、自分で言うのもおかしな話だが、もし私が一企業の人事部で客観的にこの履歴書を見たらまず採用しないだろう。そして、何も学んでいない、何がしたいのかわからない。疑問と怒りがこみ上げるだろう。この程度で、分かったような口をきくな。うちの会社には必要のない人材だと。ごもっとも。やりたいこともわからずにとりあえず取り繕って、やりたいことだと思い込んで過ごしてきた人生だ。しかし、私は再びミニ四駆に出会った。再びであったのは、約3年前、ミューハウスエンジニアリング㈱に在籍していたころだった。昼休みのひょんなことからミニ四駆の話題になった。懐かしくなり、最初は昔取った杵柄で子供と一緒に遊んでみよう。これがきっかけだった。次第に子供よりのめりこんでいった。ここまでは普通の流れであろう。普通の復帰組である。ここまでは、たまに子供とサーキットのある場所を探して走らせ楽しんでいた。そして、私はすべて職を失った。職を全て失った私は、しばらく塞ぎ込んでいた。20年近い付き合いの友達とも疎遠になりかけていた。家族・親戚以外と顔を合わせたくない状態だった。しかし、不幸中の幸い、私には時間だけがあった。ミニ四駆をいじりながら、走らせられるところを探し、気づいたら毎日のように車でコジマ電気江北駅前店に向かっていた。やがて、店員さんと仲良くなり、常連さんたちとも話ができるようになってきた。塞ぎ込んでいた私が自然と笑えるようになってきたのは、この頃だろう。そして、私は次第にミニ四駆関連の仕事がしたくなってきた。ちょうどコジマ電気浮間舟渡店がアルバイト募集をしていたので、意気揚々と面接に向かった。結果は、不採用だった。そりゃ、そうであろう。(笑)また私はコジマ電気江北駅前店に行き、店員さんと笑いながら不採用だったことを話していた。自分が採用されていたら、コースのメンテナンスもできるし、お客さんの対応だってできる。こんなこともしたかったし、あんなこともしたかった。会話は続いた。ふと、口に出た言葉があった。”いっそ自分で店でも作っちゃおうかなぁ。”と。その瞬間、私は気づいた。これが、自分のやりたいことか!と。何のため、誰のためでもなくふと口に出た言葉だったが、これが自分のやりたいことなんだと自覚するまで時間はかからなかった。そして、ミニ四駆に助けられた。ミニ四駆を広めたい。その為にはどうすればよいか?どう行動したらよいか?が波のように押し寄せてくる。今まで、どんなことでも、これが自分のしたかったことか?と自問自答を繰り返していたが、今はなぜだか、これが自分のやりたいことで、やるべきことなんだと盲信している。理由・理屈はいらない。ただ熱意だけが私の胸にある。37歳。遅すぎる気づきであると人に笑われようが、夢を見るには遅すぎると人に言われようが、やめる気には一切ならない。そして、失敗する姿が想像できない。しない。成功しか目指してないから。

長々と私の身の上話まで書いてしまったが、私は今、幸せであると感じる。㈱タミヤさんが、ミニ四駆事業を続けてくれていたこと。今、その火を絶やさずに継承していこうと同業者が頑張っていること。そしてなにより、同業者を支えるミニ四レーサーたちがいること。これらがなければ、私はまだ暗闇の中にいたでしょう。私はミニ四駆に対して感謝と愛情しかありません。そして、自分の事業プロジェクトには熱意と自信しかありません。この文章を書いている今、私はこれをアップするべきか少し怖く感じます。なぜなら、自分の決意表明を公にするわけですから。いわばマニフェストです。でも、恐らく数十秒後にはこれをアップしているでしょう。なぜなら、熱意と自信しかないから!!だから、

㈱タミヤさん!!そして皆さん!!
オレ、がんばるよ!!

こんな私に共感、賛同してくれる方が少しでもいる限り、突っ走っていきます。躓いて転んでも、起き上がりゃいいだけです。毎日、頑張るぞー!!よろしくお願いしまっーーーっす!!

Mini4wd Geeks 代表 中澤 和由

2018年6月3日

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